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香月の物語 -開-①

2019年4月。

私は、マンションの一室で小さなエステサロンを開業しました。

個人事業主としてのスタートでしたが、それまでずっと雇われの立場で働いてきた私には、経営の知識も、原価計算も、数字の見方さえも分かりませんでした。

「サロンを続けていくには何が必要か」そんなことを考える余裕もなく、ただひたすら、目の前のお客様に向き合う毎日。

予約が入れば施術をし、終われば次の準備をする。

不安も迷いも抱えながら、とにかく必死でした。

それでも不思議と、少しずつ変化が起きていきます。

お客様からのご紹介やホームページを見て来てくださる方。

気づけば、通ってくださるお客様が増えていました。

「エステの日が待ち遠しかった」

「ここに来ると、ほっとする」

その言葉を聞くたび、胸の奥がじんわりと温かくなりました。

私が大切にしていたのは、特別な技術や、派手な演出ではありません。

ただ一つ、あとで自分が後悔するような施術や接客だけはしたくないそれだけでした。

その想いの背景には、30代前半で母を病気で亡くした経験があります。

母を失ったあと、私の心に残ったのは、感謝よりも、「もっとこうすればよかった」という後悔ばかりでした。

仕事を優先し、母のことを後回しにしてしまった自分。

本当は、仕事を頑張れた理由の多くが母の存在だったことにも、失ってから気づきました。

仕事に飲み込まれ、何のために働いているのか分からなくなった時間。

その中で、私は考え方を変えました。

後悔しない人生はきっとない。それでも、後悔を少なく生きることはできるかもしれない。

だから私は、「今」を丁寧に生きることを選びました。

一回一回の施術。

一言一言の声かけ。

その瞬間に、心を置く。

香月という場所は、そうした想いの積み重ねから、少しずつ形になっていきました。

数字よりも、効率よりも、目の前の一人と、どれだけ誠実に向き合えるか。

まだこの頃は、それが“サロンの軸”になるなんて、はっきりとは分かっていなかったけれど——確かに、何かが静かに育ち始めていました。

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